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ウェディングプランナーという私の人生 vol.4
Posted on 2024/09/12 by ideafeves
vol.1 〜 vol.3ではフリーランスになる前の
約10年間のプランナー人生を
綴ってまいりました。
ここからは、フリーランスプランナーに
なってからのことをお話ししていこうと
思います。
そもそも、なぜフリーランスに転校したのか。
その経緯と想いをお話ししようと思います。
大きな理由は2つ。
一つ目は、
・信頼できる仲間と東京でもどこでも
一緒に仕事がしたかったこと。
二つ目は、
・もっと時間をかけて、丁寧に、
新郎新婦のお二人の力になりたかったこと。
ものすごく簡単に言うと、
上記2つが理由であり、
それらを細かくお話しすると
キリがないくらい出てきます。
そもそも私が
フリーランスプランナーになるなんて
思ってもいませんでした。
また、そもそも日本でフリーランスの
ウェディングプランナーが自由に
活動できるようになるなんて、
思ってもいませんでした。
まだ20代後半、
同じ業界の諸先輩方から、
「フリーランスになったら?」と、
何度か言われたことがありました。
その時は、「フリーランスだなんて!笑」
と、軽く聞き流して過ぎ去っていました。
私にできるはずもなく、考えたこともなく。
そして、日本でできるはずがない。
そう思っていたからです。
なぜなら、海外ではフリーランスが当たり前の
ウェディング業界も、日本では馴染みがなく、
結婚式をするご新郎後新婦の殆どが、
まずは会場探しから。
結婚式が決まればゼクシィを買って、
会場探しをすること。
これがもう99%と言ってもいいほど、
当たり前の文化でした。
そして、私自身もそれを不思議に
感じたことすらありませんでした。
ただ、海外はもっと自由で、
もっといろんな結婚式があり、
場所もスタイルも形式も人それぞれ。
そしてもっともっと時間をかけて、
結婚式の準備を行う新郎新婦の皆様。
そのサポートをするのが
ウェディングプランナーの役目であり、
もっと豊富な知識を持ち合わせ、
国家資格でさえあること。
とにかく、私自身も独立するほんの直前まで
「フリーランスプランナーになりたい」と、
いっさい思ったことがありませんでした。
ただただ、お客様との打合せ時間が
もっとあればいいのにと常に感じていました。
そうしたら、もっと色々なご提案をして
差し上げられるのに、と。
もっと選択肢を与えてあげたい。
もっと二人に合うものがあるのに。
もっとこんないいものがあるのに。
そして、私の知る限りでは、
もっと素晴らしいプロフェッショナルが
いるのに。
と、私が担当する大切な新郎新婦のお二人へ
私の知る限りのことをお伝えしたいのに、
会場の決まりももちろんあり、
それが出来ないもどかしさには、
常に悶々としていました。
大好きな会場で働きながらも、
もっともっと、と思うことは多々。
そんな時に頭によぎったのが、
「私がフリーランスプランナーになればいいんだ!」
と、一瞬の出来事だったように思います。笑
私の想いや悩み、全てが叶うことは
これしかない!と。
東京も関西もどっちでもお仕事ができ、
それも信頼する皆と一緒にできる。
こんなにも簡単なことを(簡単ではないのですが;)
なぜ思いつかなかったのだろうと。
そう考え始めてからはすぐに
色々なことを調べ始めました。
とにかく、当時は私自身も日本で
フリーランスウェディングプランナーの
方に出会ったこともなく、そんな働き方を
されている人がいるのだろうか。
そんなところから始まりました。
もちろん不安もゼロではなかったのですが、
比較的「思い立ったらすぐに!」という
性格も相まって、調べていくうちに、
フリーランスプランナーの協会があること、
海外のウェディングプランナー資格も
取得できること、数える程度ではあるものの
数名のフリーランスプランナーさんが日本にも
いらっしゃることなどを知りました。
そして、まだ知らない世界が沢山あるんだと
いうことに驚きと、ワクワクした気持ちが
最高潮になりまして、手探りながらもものすごい
勢いで準備をスタートしたのが始まりでした。
相変わらず後先考えず、
ダメだったらまた考えたらいいか。
という勢いで、スタートした私。
くれぐれも真似はしないでほしいですが、
その時の私にはフリーランスプランナーに
なることは「夢が全て叶う!」くらいの
気持ちでした。
実際、その通りでもありました。
もちろん、最初からものすごく
順調にいくとは思ってもいませんでした。
「フリーランスウェディングプランナー」
という言葉にさえ馴染みのない日本。
皆様がその存在を知るはずもなく、
きっと1年に1組くらいあればいいかな?
アルバイトをしながらでも、
必要としてくれる1組の新郎新婦に出逢い、
そのお手伝いができれば嬉しい!
そう思い、心に決めてスタートをしました。
何から始めたかというと、
私はまず一番にホームページを作りました。
そして、BLOGを始めました。
そうしたら、
びっくりすることに一組のお客様から
早速のお問合せがあり、
恐る恐るご連絡をした記憶があります。
それは、国際カップルのお二人でした。
そう、日本人には馴染みのなかった
フリーランスプランナーという職業は、
欧米や諸外国では当たり前の文化でした。
それから、後に私も知ることになるのですが、
海外の男性は比較的日本の方よりも、
『結婚式』というものをうんと若い頃から
いつかやってくる自身のこととして
知識が豊富で、アメリカ人のご新郎が
「日本にも必ずフリーランスプランナーが
いるはずだ!」と言って、
探してくださったとのことでした。
有難くも、フリーランスに転向してすぐに、
お二人と出会い、それから3人4脚での
ご準備がスタートしました。
手探りでスタートし、初めは準備期間だと
思っていた私はまだまだ知識不足で、
サポートする側でありながら、
一緒に準備を進める同士のような関係で
お手伝いさせていただいたように思います。
アメリカ式の結婚式について
そのしきたりや一般的にはとか、
こんなこともあるよとか、
もはや沢山の学びをさせていただきながら
その醍醐味を存分に感じることができた
フリーランス一組目となるご夫婦。
お問合せをいただいてから、
1年半後の結婚式予定ということで、
実際の結婚式は一組目ではなかったのですが、
そんな風に1年以上もの時間をかけて
準備を行うことの大切さと必要性、
その期間に築けた関係性や、
あらゆることを経験させていただいた結婚式。
お二人との出会いにより、
私はその先に35歳にもなってNYに留学する
羽目(笑)になるのですが。
この話はまた改めて。
ここまで綴りながら、
始まりからなんとも幸せだった
記憶でいっぱい。
とはいえ、あの頃はフリーランスプランナーは
認知度もなく、会場を見つけることや
プランナー持込で結婚式をすることが
ものすごく大変でした。
経験のないことを受け入れてもらうこと、
経験のない場所で結婚式を行うこと、
私自身も経験したことのない準備や過程に
戸惑いながらも、全てが学びであり、
初心に戻ったような日々でした。
一組、また一組と本当に数える程度の
お客様からのお問合せではありましたが、
私のフリーランスプランナー人生は、
きっと順調なスタートだったと思います。
それから少しずつ、それぞれの「夢」を掲げて
いろんなご結婚式のご相談をいただきました。
結婚式=フリーランスプランナーが
当たり前じゃなかったあの頃に、
必死で検索して、いろんな可能性を
考えながら調べ続けて「見つけた!」と
ご連絡くださった方々。
時には、
『もっと簡単に(ホームページが)
出てくるようにしててくださいよ〜
大変だった〜〜〜笑』
と、お叱りのようなことも言われながら。
全国各地、お客様方にいろんな場所に
連れて行ってもらいました。
北から南へと。
大好きなハワイにまで行かせてもらいました。
お仕事で行ける日が来るなんて。。涙
時には打合せと言いながら、殆ど一緒に
お酒を飲み、お食事をして、お話をするだけ。
のように当日を迎えたお二人もいました。
書いても良いのかな。笑
お客様が見つけたお気に入りの会場で、
「プランナー持込は不可」だと言われ、
それでも「僕たちは3人で一つなんです」
と、はっきりと言ってくださったご新郎。
忘れることはできません。
もっともっと新郎新婦の「やりたい」が
叶う国になればいいのに。
いつかもっと自由な結婚式が当たり前に
叶うようになればいいのに。
と、心から願っていたその昔。
きっと今は、あの頃の願いが
叶っているのではないかなと思います。
不思議な気分。
私の手でお手伝いできるカップルは
限界があるけれど、全ての新郎新婦さんが
幸せな結婚式ができればいいなと
心底思っていました。
今では沢山のフリーランスプランナーの
方々がいらっしゃいます。
だから、もう私じゃなくてもいいなと
思うことも多々あります。笑
本当に素敵なお客様との出会いに
恵まれてきましたが、さらにもう一つ。
そのお客様との出会いにより、
そのご家族やご友人方との出会いも然り。
今私の周りにいる仕事仲間や
友人たちの多くが、
元ご新郎ご新婦だったり、
その結婚式の参列者だった
新郎新婦の友人だった人たち。
始まりは数々の結婚式であり、
元新郎新婦さんたちであり、
そんな不思議なご縁と繋がりが、
今の私を作っています。
フリーランスになってから、早13年。
あっという間でした。
こんな風にお客様に恵まれながら、
一歩一歩進んできた私のプランナー人生。
もちろん、沢山の苦労も努力もしました。
良いことばかりだったわけではなく、
大変だったことの方が多いかもしれません。
それも全てがいい思い出です。
ここに綴るには、永遠と時間がかかりそうな
書ききれないほどの経験と思い出と、
出来事がありました。
これからフリーランスプランナーに
なろうとされている方や、独立したての方。
きっと悩みも沢山あるかと思います。
私の経験はあんまり役に立たないかもしれません。
私がスタートした頃と今とでは
また少し世の中も変わったように思います。
心底良くなったな〜と思うこともあれば、
昔は良かったな〜と思うことも少し。
けれど、大切にすべきことはいつの時代も
どんな時も同じだと思っています。
「結婚式をつくる」お仕事をすること、
この幸せな職業に出会った私たちは
きっと出会えなかった人生と比べると
その幸せは雲泥の差。
そう声を大にして言えます。
今の私の願いは、
ウェディングプランナーの皆さんが
私がこれまで感じてきたように、
このウェディングプランナーという職業を
幸せだと思えること、楽しいと思えること、
その醍醐味を感じ、味わえますように。
私のこれからの人生は、
未来あるウェディングプランナーの皆様へ
そのお手伝いができればと思っております。
IDEA FEVES
菅田 貴子